ハチミツ 「チクマ養蜂」筑間幸代さん、美穂さん、優さん


筑間幸代さん(中央)、美穂さん(左)、優さん(右)
筑間幸代さん(中央)、美穂さん(左)、優さん(右)

 根尾川のほとりに咲く菜の花に顔をうずめながら、せっせと蜜と花粉を集めるセイヨウミツバチ。かたわらに並べられた木製の巣箱をあわただしそうに出入りする姿は、うららかな春のひとときを逃さんといわんばかりだ。

 ここは、筑間幸代さんと、娘の美穂さん、優さんの母娘が営むチクマ養蜂の蜂場。巣箱を一つひとつ開け、ハチたちの「体調」や「勢い」を確認するのは、美穂さんの担当だ。

 筑間家が養蜂を始めたのは、いまから40年近く前。美穂さん、優さん姉妹の祖父・仁一さんが「おいしいハチミツを食べたい」と思い立ち、ミツバチを飼い始めたのがきっかけだった。当初は自宅で味わう目的だったが、次第に本格的な養蜂家に。1990年、岐阜県の品評会で銀賞を受賞したのを皮切りに、品質の高いハチミツとして認められるようになっていった。

 

 仁一さんが高齢になったのを機に、2006年ごろから、姉妹の父・孝成さんが跡を継いだ。規模の拡大も見据え、さあこれからという矢先の2010年、孝成さんが不慮の事故により急逝した。

 

 姉妹にとって、ミツバチは幼いころから身近な存在だった。だが、養蜂の根幹となる「ハチづくり」は祖父や父の仕事だった。養蜂をやるのか、やらないのか。そもそも、できるのか、できないのか。

 突然父を失った混乱のなか、美穂さんはやると決めた。

 

 「重い選択でした。やるというなら、家族にとっても、ハチにとっても、父の代わりになるということなので。せっかく作り上げてきたものをなくすことはできないという気持ちでした」

 待って、と言えない生きものとかかわる仕事。美穂さんが気持ちを固めたのは、孝成さんの葬儀のさなかだったという。

 「女やで、できて3年や」

 体力が求められる養蜂の世界。周囲の同業者からは、そんな言葉もあったという。母娘の女性3人、精神的にも肉体的にもこたえる日々がありながら積み重ねてきた努力は、毎年のような品評会での受賞歴が物語っている。

 

 ハチミツといえば画一的な味に慣れている消費者は多いが、シーズン中でも風味が微妙に変わっていくのが天然の証。時季によって咲く花が違うから、ハチが集めてくる蜜もまた変化がある。

 そんななかでも、外山や根尾の自然から生まれるチクマ養蜂のハチミツは、すっきりとしたきれいな味わいが特徴だ。

 「『おいしいハチミツを食べたい』というおじいちゃんの思いを原点に、安心安全で笑顔になれるハチミツを届けていきたいです」

 

 祖父から父、父から娘たちへと受け継がれた思いを、これからも大切にしていく。

20223月取材)